(株)誉田 菅野 大望
責任は全て自分にある、逃げない!
責任は全て自分にある、逃げない!

昭和49年2月19日
福島市浜田町に生まれました。
血液型はO型です。
市立第2幼稚園、市立第二中学校、県立北高校、いわき明星大学を卒業。
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幼稚園の頃、地球の裏側を目指して家の庭を一週間掘り続けました。
しかし、届くはずもなく…ブラジルは遥か遠い国でした。
小学生の頃は、ソフトボールと転校してきた女の子に夢中になった覚えがあります。
当時はまだ純情だったので、声もかけられず…今となっては淡い恋の思い出です。

中学校は荒れていて、校内に私服警官がいるほどでした。
廊下を自転車やバイクで走り回るなんてことは日常茶飯事。
ですが、今はそんな奴らがある会社の代表をやっていたりします。
高校時代は、サッカーに夢中になりました。サッカー少年です。その当時、野球部が強く(前年に甲子園に出場)私たちサッカー部のスペースがどんどんと小さくなっていくという事がありました。
チームが強いわけでもなく、練習の場が限られていたけれど、仲間とボールを追いかけることがただ楽しくて仕方ありませんでした。
大学時代はサークルのバンドに夢中になり、シンセサイザーを担当していました。学園祭のライブでは、必死に練習したコピー曲やオリジナル曲を発表しました。
私の学科は女の子が多いことで有名だったので、バンドをやっていたということもあり当時はモテモテでした。
ちょうどこの頃、冬休みを利用して数ヶ月間だけサッシ屋さんでアルバイトをしました。(それがきっかけでこの仕事に興味を持ち、現在に至ります)
学生生活も残りわずか、卒業も間近…と思いきや!卒論を全て英語で書かなくてはいけなかったので、半年だけ留年しました。ですが、その後無事に卒業。
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しかし、半年留年した為、約1年間ブラブラする生活をしました。そろそろ仕事をしなければと思い、職安へ行ったところたまたま募集が出ていた(株)誉田さんの求人を見て、面接を受けました。
仕事を始めてからは毎日真面目に勤めました。2、3年はサッシの組み立ての為、毎日夜11時まで残業をして、残業代を沢山稼いでいました。
そんな日々を過ごし、入社5年目に同じ職場の女の子とあるきっかけで付き合い始め、半年で入籍。さらにその半年後に結婚式をあげました。
今では2女1男の子宝に恵まれて、幸せな毎日を過ごしてします。

サッシはパーツであり、喜んでもらえたということをあまり感じたことがありません。
ですが、難しい現場でサッシが上手く納まったときの達成感は大きいです。
私は、お客様のためになれる人になりたいと思っています。
